国民は限界だ!ガソリン代が高い主犯は「中抜き」を許す自公政権”補助金延長でも止まらないクルマ虐待”に税金王・宮沢の影
2025年04月02日

ガソリン代高騰で15年ぶりの高値更新。われわれの税金から出している補助金中抜きスキームが懸念されている
ガソリン代が高騰している。経済産業省が8月16日に発表した全国平均小売価格は1リットル当たり182円で、2008年8月以来の15年ぶりの高値となった。ネット上では、200円を突破したという報告もあがっている。世界的なエネルギー危機、円安、そして、政府の燃料補助金が段階的に減らされるためだ。
生活や企業活動に直結する燃料費の高騰に対して、政府は価格抑制のために石油元売り会社に支給してきた補助金について9月末の期限を延長する検討に入った。多くの国民は、この方針を支持しているが、この「補助金」は、私たちの税金から支出されている。何か対策をしているようで、お金をグルグル回しているだけにすぎ、また補助金の仕組みを端的に言うと、給付先は石油元売りで、給付を前提に卸価格を抑え、結果として小売価格が抑制されるというスキームだ。こうした石油元売り業界への補助金という体裁をとっているために、「中抜き」も懸念されている。
「石油元売りに支払われる補助金はすべて卸売価格に反映させているので、直接的には収益に影響を与えない」と政府は主張しているが、補助額と小売価格の実態を調査した小嶌正稔桃山学院大学経営学部教授によれば、「(2022年)7月12日には累計で1リットル当たり45.2円分、8月9日には累計で1リットル当たり46.2円分が消費者に還元されなかった」(ダイヤモンドオンライン・2022年9月9日)という。
税金の多くが雲散霧消するのは自民党の責任
石油元売りの収益を決めるのは、元売り間と小売市場、二つの取引結果である。いくら石油元売にじゃぶじゃぶと補助金(税金のこと)を注ぎ込んだところで、クルマユーザーがガソリンを購入する際には、値段は結局高いままということになる。
このつぎ込んだ税金の多くが雲散霧消をする現象は、この政策を採用する与党自民党の責任ということになる。もし、これが補助金という形態をとらず、減税という形をとったなら、「中抜き」は一切発生しないことになる。
現在、石油の元売り業界は、ENEOSHDがシェア50%を超えている。ガソリンの質など、どこで給油しようともほとんどないと感じる消費者も多いのではないか。こうした商品をコモディティー製品と呼んでいて、きちんとした競争政策さえ実施されれば、商品の値段は下がるのである。先進国では、当然ながら、一定以上のシェアを持つことは競争を阻害するとして認められないケースが多い。それにも関わらず、行政当局は、この状態を看過している。なぜ、これを機に、その競争政策のあり方を見直さないのか不思議でならない。
自民党の「税金王」宮沢洋一。自分を支援する業界団体に補助金をばら撒くためだけに、国民から税金を奪い取る
こんな報道もある。燃料油脂新聞(2022年11月18日)だ。
「全石連(森洋会長)、石油連盟(木藤俊一会長)、全国石油政治連盟(西尾恒太会長)は16日、東京都内のホテルで「石油増税反対総決起大会」を開催した。2050年のカーボンニュートラルに向けた動きが加速する情勢下、「石油サプライチェーンの維持強化」をスローガンに掲げ、石油業界の総意として消費者の負担軽減を目指し政府、国会に石油諸税の軽減を要望した」
「総決起大会には<中略>宮澤洋一税制調査会長、公明党の西田実仁税制会長をはじめ与党国会議員ら総勢約450人が参加。大会では鈴木康公石油連盟副会長・税制財務委員長、出光泰典全石連副会長(政策・環境部会長)が意見陳述した」
この報道の中の、宮沢洋一氏は、岸田首相と同じく広島選出の議員で、税制のドンである。過去の報道を確認すると、この総決起大会には、宮沢洋一氏は毎年のように参加している模様だ。宮沢氏は、経済産業大臣だった2015年当時にも「記者会見で、石油元売り大手の出光興産と昭和シェル石油が経営統合に向けた本格的な協議をすることで合意したことを受け、『石油業界を取り巻く状況がかなり厳しいなかで、大変前向きな取り組みとして期待をしている』と歓迎する意向を示した」(産経新聞・2015年7月31日)としている。
なんのことはない。自民党の「いつものアレ」である。なるべく市場を寡占させないほうが、明らかに消費者にとって有利であり、国民生活に資するものである。しかし、そんなことなど、税金王・宮沢氏にとってはおかいまなしだ。自分を支援する業界団体に、補助金をばらまき、原資となる税金をあげようとする。
宮沢家・岸田家に牛耳られてきた広島県は過疎化が進み、芸備線は廃線待ったなし
考えてもみてほしい。
宮沢家と岸田家が長年にわたって支配してきた広島県の惨状を。過疎化が進み、芸備線は廃線待ったなしだ。関連自治体の長は、反対の声をあげるが、結局、自分たちのところに、アイデアも、人材も、財源もなく、「絶対に許せない」などと感情的にメディアや議会で吠えているだけの状態だ。負け犬の遠吠えと言っていいだろう。今後、税金を投入してまで、この誰も乗らない路線を守るか否かということに議論は移るが、頼むから、赤字ローカル線を残したい人たちだけのお金でやってほしい。絶対に、私の払った税金からの支出で維持しないでほしい。東京科学博物館は、赤字分をクラウドファウンディングで集めていたが、本当に、鉄道ファンや地域に愛されているのなら、運営するお金は集まってもいいはずだ。それもできずに、税金を投入するなどしたら、また税金などいくらあっても足りないということだ。もはや手遅れになった芸備線廃線を嘆く人は、こうした広島を長年にわたって治めてきた、岸田・宮沢両家を恨む方がいいだろう。
支援団体に補助金あげる→喜ぶ→選挙協力で当選→自民党内で偉くなるという国民にとって最悪のループ
彼らのビジネスモデルは簡単で、知名度で大した努力もなく当選すると、地元・支援団体(全体から見ると、ごくごく一部の人たち)にとりあえず補助金を少し分け与える、彼らは喜ぶ、当選する、補助金、喜ぶ、当選する、自民党の中で偉くなる、補助金、喜ぶ、当選、偉くなる、という住民にとって何のメリットもないデフレスパイラル型ビジネスモデル(ただし、自分たちは自民党内でポジションを上げる)を実行してきただけだ。
列車も廃線となれば、地方にとってますます重要になってくるのがクルマであり、その燃料であるガソリン代だ。中抜きはする、競争政策はしないで、地方は衰えるばかりだ。
ガソリン減税をするには、「トリガー条項の凍結解除には法改正が必要になることに加え、一度発動すると元に戻すことが政治的に困難になり、暫定税率分の課税停止が長期間続くことになる可能性が高いことを考えると、実際にこれが実施される可能性はかなり低い」(新家義貴・第一生命経済研究所・2023年8月17日)ということらしいが、これは国民として受け入れるべき理論なのだろうか。岸田首相も、宮沢税金王も、安易な道を走り過ぎだ。広島県民こそ怒りを示すときではないのだろうか。
政治的に困難なことを一切せず、補助金をばらまき、税金を上げるだけの政治から、今こそ決別してほしい。

Posted by ひだねこ
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消費税を考える(2025年4月1日作成)
2025年04月01日

第一回:消費税はなぜ悪税なのか?
第二回:消費税率引き上げをたくらむ財務省?!
第三回:「国の借金」はそんなに問題か?
第四回:デフレとインフレを理解しよう!
第五回:できるだけ多くの人が幸せになれる経済 経世済民のすゝめ
第一回:消費税はなぜ悪税か?
事実上の「人頭税」だからです。すなわち生きている以上、税金を負担する能力の有無にかかわらず、すべての人が支払いを要求される税金なのです。寝たきりの老人も生まれたばかりの赤ちゃんも税金を負担しなければなりません。ミルクにも消費税がかかっているでしょう?
もちろん、税金を納めること自体を嫌がってはいけません。日本という、警察も消防も完備し、鉄道や道路といったインフラを自由に利用し、安全・快適に暮らすことができるのも、元をたどれば税金という「財源」があればこそ可能なのです。
しかし、どうしても税金を負担できない人々というのは存在します。こうした人々は所得がありませんから、所得税であれば税金を負担することがありません。景気が良くなったり、病気が治ったりして、再び働き出してから所得税を負担してもらえばいいわけです。
他方、生きている以上、消費を止めるわけにはいきません。消費税は、税金を負担できない人々にも容赦なく襲いかかる税金なのです。働けない人々の「敗者復活」をも妨げる悪税としか言いようがありません。
第二回 消費税率引き上げをたくらむ財務省?!
ここまで不評な消費税の引き上げを実行したのは誰でしょう?
「国」ではないか?
そうではありません。「国」とは日本の国土と日本国民から成り立っており、それ自体に「意思」はありません。国土と国民をそのままにしておくと、外国から侵略されたり、声の大きい人や腕力のある人の意見が通りやすくなってしまうので、調整役として「政府」があるのです。
政府というと内閣を思い浮かべる人が多いのではないでしょう?それでは、安倍総理が消費税率を上げた「犯人」でしょうか?いいえ、内閣は国会の定めた法律に従って行政を行っています。つまり、消費税率引き上げを定めた法律を決めたのが「主犯」です。
このときの総理大臣は民主党の野田氏であり、その筋書きを用意したのは財務省です。このとき野党であった自民党は谷垣総裁(当時)の尽力で「景気条項」を法案に盛り込むことに成功しました。この「景気条項」を発動しなかったという意味で、安倍総理は「従犯」にとどまります。
では、なぜ財務省は消費税率の引き上げにこだわるのでしょうか?それは実にくだらない理由です。「増税法案」を国会で成立させると、その役人は財務省で出世できるからです。
日本国民の幸せよりも、自分の出世や省益を優先するエゴ!これこそが今の日本の問題なのです。もちろん全ての公務員が自分の出世だけを追求しているわけではないでしょう。しかし、そのような役人の動きを抑える政治家と、その政治家を後押しする国民の世論がどうしても必要なのです。
みんなで消費税率の引き上げに反対する。それが政治家の力となり、国民の幸せを第一に考えて行動する公務員を増やすことにつながるのです。
第二回の補講 消費税率を上げると税収は下がります!
税率を上げた当初は税収が増えるかもしれません。
ですが、国民から見ると「税金が増える=使えるお金が減る」ということになります。国民はますますモノを買わなくなるでしょう。「モノが売れなくなる=従業員(消費者)の所得が減る」ですから消費が少しずつ減ります。そうすると「さらにモノが売れなくなる=さらに従業員の所得を減らす」ので、消費はさらに落ち込むことになります。ついには税率を上げたにもかかわらず税収が当初より減ってしまうということになります。
これでは何のために税率を上げたかわかりませんね。金の卵を産む鶏を殺してしまうようなものです。国民にも政府にも良いことがありません。
お役人は給料と退職金でホクホクでしょうが、国民は貧しくなり、結婚もできず、子供を産んで育てることも難しくなります。少子化が進んで、日本は衰退してしまいます。
余談ですが、景気を良くして若者がもっと家庭を持つことができれば、少子化も進まず、外国人労働者の受け入れも必要なくなります。
第三回 「国の借金」はそんなに問題か?
「国の借金」が一千億円もある!だから、消費税をバンバン上げて借金返済に備えなければ!
出たな!妖怪クニノシャッキンガー(笑)
「国」の借金は完全な間違いです。正しくは「政府」の借金です。
第二回で「国民」と「政府」に分けて説明しました。政府が国民からお金を借りているのです。ですから国全体でみればプラスマイナスゼロ、返済の必要はありません。
そもそも政府が借金(主として国債)を全額「返済」しなければならない場合とはなんでしょうか?例えは悪いですが、中国が日本を占領して日本政府が倒されたりすれば、「返済」しなければならないかもしれませんね。あるいは、日本国民が一人になってしまって、その人が死ぬときには「返済」する必要があるかもしれません。
このような極端な場合を除けば、政府が借金を返済する必要はありません。来るか来ないか分からない「返済期限」とやらを気にするヒマがあったら、目先の景気(デフレ)をなんとかすることです。
第三回の補講 日本はアルゼンチンや韓国とは違います!
とはいえ、国家の破産(デフォルト)は現実に起こっています。2001年のアルゼンチンがそうですね。
国家がデフォルトに陥る条件は二つあります。
①外国から借金をしていること
②自国通貨建ての借金ではないこと
日本とは異なり、アルゼンチンは国民が十分な資産を持っていないため、外国から借金をする必要があります。韓国も同じです。お金を貸す側から見ると、アルゼンチンの通貨「ペソ」では心配なので、基軸通貨であるドル建てでの国債を要求してくるわけです。
こうなると返済期限には何が何でもドルを用意しておく必要があります。ところが、ペソの価値が下がってしまうと、必要なドルを用意できずに借金の返済ができません。デフォルトとなります。
この点、日本は主に日本国民から円建ての国債で借金していますから、新しい国債を発行して借り換えてしまえばいいのです。また、いよいよとなれば、お札を刷りまくるという方法もあります。円なんだから日本政府が自由に発行してよし!アルゼンチンが「ドル」を発行したら犯罪です!
さらに、円は基軸通貨とまでは言えませんが、一定の信用のある通貨です(ハードカレンシー)。つまり、円で決済してくれる国も多いのです。円預金も一定の需要があります。
韓国のウォンには信用がありませんので、日韓スワップが必要だったのですね。円の信用をウォンにも分けてあげてたのでした。なんてお人よしな日本!
第三回のこぼれ話
日韓スワップで思い出しましたが、日本国債の格付けが上がりました。日韓スワップの破棄などで、日本が中国や韓国からお金をせびられる可能性が減ったためです。
「日本は安心なんだけど、中韓のようなお荷物を抱えさせられるのが心配だったんだよね!」という外国人投資家のつぶやきが聞こえてきそうです。
聖徳太子以来、中韓と離れるとなぜか日本はうまくいくんですね(笑)
第四回 デフレとインフレを理解しよう!
デフレ :デフレーション(deflation)とは、物価が持続的に下落していく経済現象を指す。
インフレ:インフレーション(inflation)とは、物価が持続的に上昇していく経済現象を指す。
現在の日本はデフレです。モノやサービスの価格(物価)が持続的に下落していきます。物価の下落というと、「モノやサービスが安く買える」ので、よいではないかとの意見もみられます。しかし、考えてみてください。価格とは、原材料費その他に人件費をプラスしたものです。人件費とは、みなさんの給料、つまりは所得です。価格の持続的な下落は、所得の持続的な下落を意味します。これこそが日本を20年もの長きにわたって覆っている経済的停滞の元凶なのです。
アベノミクスは、公共事業や国防力の充実によって価格の下落を食い止め、国民所得を上昇させるための施策全般をいうのです。私はおおむねアベノミクスに賛同し、安倍内閣を応援しております。
ただ、一点だけ賛同できない施策があります。それが消費税率の引き上げなのです。なぜなら、消費税率の引き上げは消費意欲を減退させ、価格下落の要因となるからです。いわば、アベノミクスでアクセルをふかしながら、消費税率の引き上げでブレーキをかけている状態なのです。
なぜこのような矛盾した政策をとるのでしょうか?
私は、みなさんにこの問題について正しく理解していただきたいと思います。安倍内閣は外交では完璧といってよいほどの成果をあげています。経済についてもおおむね順調です。しかし、消費税率の引き上げはすべてを台無しにしてしまう可能性があるのです。
一人ひとりが声をあげ、消費税率10%への引き上げを阻止しましょう!
第四回補講 小学生でもわかる消費税率を上げてはいけないわけ
ごく単純に考えると、政府に入ってくる税金の額(税収)は、
消費×税率=税収
となります。
例えば、平成26年3月までは消費を100億円とすると、
100億円×5%=5億円
でした。
確かに、税率を2倍(5%→10%)にすれば、
100億円×10%=10億円
となり、税収は2倍となるはずです。
しかし、税金が増えるのに消費が変化しないということはあるのでしょうか?
もしも消費が半分に落ち込んでしまったとしたら、
50億円×10%=5億円
うーん、何のために税率を引き上げたかわかりませんね(-“-)
他方、税率が5%のままでも、仮に消費が倍になれば、
200億円×5%=10億円
税収は2倍になります。消費も上がって生活に余裕ができます!税収が上がって政府の借金が減ります!
国民も幸せ、政府も幸せ\(^o^)/
やっぱり、こちらの路線で行くべきだと思いませんか?
第四回についてのつぶやき
補講で述べた通り、消費税率の引き上げは自分で自分の首を絞めるようなものです。
しかし、安倍総理は5%から8%への引き上げを実行してしまいました。ここからは完全に私の推論になりますが、これには三つの理由が考えられます。
一つ目は、政権発足から時間がなく、財務省と民主党の敷いた増税路線を変更することができなかったということです。第二次安倍内閣の発足が2012年12月26日で、消費税率の8%への引き上げを表明したのが2013年10月1日です。さすがに一年足らずでは、修正がきかなかったと思います。
二つ目は、防衛費などの増加に対応するためにどうしても財源が必要であったということです。尖閣諸島へは中国船が侵入を繰り返しています。海上保安庁の体勢を強化する必要がありますし、万一に備えて自衛隊も待機しておく必要があります。それには財源が必要です。
そして、最大の問題は、国民の多くが「景気条項」の存在を知らなかったということです。デフレからの脱却が確実なものになるまで、消費税率の引き上げを凍結することができるということを、多くの国民が知っていて、声をあげることができれば、状況は違ったと思います。
これについては、テレビや新聞というマスコミの責任は重大です。マスコミは「報道しない自由」を行使して国民から「景気条項」について知る機会を奪ったあげく、自分たちだけ「軽減税率」恩恵を受けようとしています。こんな自分勝手なことが許されるでしょうか!
※補足:景気条項の発動のためには法律が必要だったそうです。それにしても財務省は狡猾だ!!
第五回 できるだけ多くの人が幸せになれる経済を目指して
~経世済民(けいせいさいみん)のすゝめ~
いよいよこのスレッドも最終回となりました。
最後は消費税から少し離れて政治と経済について考えてみたいと思います。
そもそも“economy”は、産業革命前後のイギリスやフランスに始まります。産業革命で儲かった資本家が、どうしたらその儲けを最大化できるかを考えたのが始まりです。
19世紀中盤にはマルクス経済学が現れ、どうしたら資本家の儲けを労働者階級が奪えるかについて論じ始めます。
前者を実現するための政府が資本主義国の政府であり、後者を実現しようとする政府が社会主義(共産主義)国の政府です。
歴史をたどれば、まず社会主義国が「プロレタリア(労働者)独裁」を掲げてロシア革命(1917年)でソヴィエト連邦を建国しますが、結局は単なる独裁国家に成り下がります。ソヴィエトの衛星国家(東側陣営)の離反を招き(ポーランドの連帯運動、ベルリンの壁崩壊と東西ドイツ統一)、最終的にはソヴィエト自身も1991年には解体します。
これによって競争相手を失った資本主義国では「自由主義」や「グローバル化」の美名のもと、一部の金持ちがさらに富を増やす一方で、国民の大多数が貧困化するという一部の金持ちのための政府へと変貌します。極端な貧富の差は社会不安のもととなり、地域紛争も激しさを増しています。これが現在の世界情勢なのです。
日本の経済は、このような世界史の流れとは一線を画してきました。そもそも「経済」という日本語は明治維新によって生まれました。福沢諭吉先生が“economy”の訳語として「経世済民」という言葉から造り出したのが、「経済」という言葉なのです。
経世済民とは、世を治め民を救うという意味なのです。経済は、権力者や金持ちといった一部の人のためにあるのではなく、国民全体の幸せを実現するためにあるのです。そして、これを実現すべく政治を行うことこそが「政府」の名に値するのです。
確かに、競争は必要です。競争は人々の創意工夫を呼び覚まし、技術革新の原動力となります。しかし、勝者と敗者の差があまりに大きなものとなると、人々は絶望して社会不安が広がります。競争により活力を生み出しつつ、極端な格差を生み出さない。そんな社会の実現が、経済のもっとも適切な「解答」なのではないでしょうか?
このような社会が本当に実現可能なのか?長く維持するためにはどうしたらよいのか?残念ながら私自身も確実なことは言えません。しかし、やりがいのあることであると思っています。
できるか、できないか?それはこの際問題ではありません。
やるか、やらないか?それだけです。

Posted by ひだねこ
at 06:09
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